【1回】ECの5年を振り返り、日本の小売・マーケティングの未来を予測

リテール業界に10年従事し、その後15年にわたり多くの企業においてEコマース参入・成長に関する戦略立案と施策実行を支援してきた筆者(株式会社 久 ブランドEC成長支援室 室長 立川哲夫)が、約20年の高成長期を経てEC業界およびECサイトを運営する企業が、初めて経験する成熟期に入った言えるこのタイミングで、ここ5年を振り返りつつ、2030年を見据えたEコマースの未来予測とEC経営の変革ポイントを解説していきます。


EC成長期を牽引したトレンドを振り返る

2020年から2025年にかけては、コロナ禍による巣ごもり消費の影響もあり、EC利用者が増加しました。直近の経産省統計でも物販EC市場は約15兆円規模に成長しています。

【物販系分野のBtoC-EC市場規模及びEC化率の経年推移】 

出典:経産省統計資料より

ここ5年でEC利用拡大に関係する潮流としては、以下が挙げられます。
・Amazonや楽天市場を中心とするモール型プラットフォームの利用拡大。
・実店舗とECを連携させ、いつでもどこでも同じ購入体験を提供する「OMO・オムニチャネル」モデルの定着と進化。
・メーカーがECチャネルを通じて直接消費者に販売する「D2C(Direct to Consumer)」モデルによる新規参入の増加。
・コロナ禍中に初期・月額固定費用無料で利用できる「BASE」「STORES」などのカートシステムを利用したEC販売新規参入者の増加。
・メルカリに代表される「CtoC」市場の成長。
・ふるさと納税の受入金額が、約1兆2727億円規模(25年3月期)に拡大。
・スマホを通じて販売者と消費者が直接つながる「ライブコマース」の登場。
・TikTokに代表されるSNSを介し、新しい発見から購入につながる「発見系コマース」の台頭。
などがあります。

一方で、EC店舗の経営環境にはさまざまな課題も顕在化しています。デジタル広告関連費の上昇や獲得効率の低下により新規顧客獲得コストが増加していること、出店企業の増加に伴う競争の激化、配送能力の限界、配送費・原材料・各種コストの上昇により収益確保が難しくなっていることが挙げられます。また、次世代人材の採用・育成、デジタル技術を活用したDX対応、AI技術の早期導入による業務変革への対応など、多様なテーマに取り組む必要が増しています。

日本の小売市場・マーケティングの未来予測

EC未来予測キーワードを提示・解説する前に、改めて日本小売市場やメーカー各社の販売戦略・マーケティング施策の予測も提示・解説しておきます。

日本の小売市場については、新型コロナ感染拡大の影響を受けて百貨店や大手スーパーの不採算店整理が進み、コンビニ・スーパー・ドラッグストアなどにおけるM&Aも活発化しています。今後は人口減少・少子高齢化の進行や人材確保、各種コスト増への対応が不可避となっている状況です。

企業経営の面では、ここ5年でデジタル技術を取り込み業務改善を進めるDX推進が顕著になりました。今後は既に身近にある、AI技術をあらゆる業務やマーケティング活動に取り込みつつ企業経営の変革を進めていく段階に入っています。

販売拡大を狙うマーケティング視点では、スマホとSNS利用がインフラ化したことで顧客とのデジタル接点を強化とECチャネル経由で売上高を付加する動きが続きました。新規顧客創出のためにデジタルマーケティングへの投資を拡大してきましたが、デジタル広告経由での新規獲得・顧客接点拡大には限界があり、獲得コストの高騰も課題になっています。これを受けて、マーケティングの本質である企業や商品の「ブランディング」を高めていくことをテーマに置き、オンライン・オフラインのすべての接点を全方位的に捉え、ブランドへのエンゲージメントを重視しながら、新規のファン育成とファンがファンを増やして関係性を継続する「ファンマーケティング」が主流になると予測できます。

ここ5年はデジタル技術・デジタルマーケティング手法を「いち早く取り込む」時期でしたが、これからはすべての企業に於いて、AI技術を取り入れつつ「ブランディング×個々の顧客との継続的なつながり」を作るマーケティング活動が中心になり、それに伴い、ビジネスモデルの再定義やマーケティング手法の見直しが進むと予測しています。

以上のようなマクロトレンドを踏まえ、【第2回】のコラムでは、企業戦略・事業戦略の視点から「2030年へ向けて。EC未来予測7つのキーワード」を提示しながら解説していきます。

■筆者プロフィール
株式会社 久(きゅう)
ブランドEC成長支援室 室長 兼 EC経営コンサルタント
立川 哲夫(たつかわ てつお)

ECマーケティング×企業経営に精通したスペシャリスト
リテール業界に10年従事後、15年以上にわたるECビジネス推進およびECマーケティング支援経験を持つコンサルタント。多様な業界・企業規模における経営課題を整理し、ビジネスモデルの構築、戦略立案、実行支援に携わる。特に、EC・O2O・デジタルマーケティング領域での専門性が高く、EC事業を起点にして企業のビジネス拡大を実現。

大手EC総合支援企業において、10年以上にわたり経営幹部として新規事業開発や事業拡大に従事し、企業のブランディングやマーケティング統括を担当。執行役員として東証グロース市場への上場も経験。その後、外資系コンサルティングファームにてECビジネスの変革支援にも関わり、企業変革期における業務推進や社内体制整備、人材育成にも関与し、総合的な経営支援スキルを磨く。5冊のECマーケティング関連書籍の執筆・編集に関わり、EC事業戦略・売上アップの法則を凝縮し、知見の普及にも貢献。 その他、日経主催の講演会・ECセミナー講師、日経クロストレンド・月刊ネット販売・日本ネット経済新聞などへの寄稿実績も多数。