
リテール業界に10年従事し、その後15年にわたり多くの企業においてEコマース参入・成長に関する戦略立案と施策実行を支援してきた筆者(株式会社 久 ブランドEC成長支援室 室長 立川哲夫)が、約20年の高成長期を経てEC業界およびECサイトを運営する企業が、初めて経験する成熟期に入った言えるこのタイミングで、ここ5年を振り返りつつ、2030年を見据えたEコマースの未来予測とEC経営の変革ポイントを解説していきます。
今回は、2030年を視野に置いた「EC未来予測7つのキーワード」から、4つ目~7つ目のキーワードを解説していきます。
■4つ目のキーワード:マーケティング施策は
「売るためのマーケティング」から「ブランドスコアマーケティング」へ 
ECサイトで売上を伸ばすための代表的な管理指標は「購入客数×購入単価」「新規流入数」「リピート流入数」「購入率(CVR)」「リピート購入比率」「流入経路別購入数」「広告経由の獲得効率(CPO)」などで、これらを向上させる施策が中心でした。これからは、売るための管理指標は押さえながら「ブランドスコアマーケティング」という概念を持ち、自社のブランド公式ECサイトの売上を伸ばしていくことが重要となります。
「売上に直結する指標」から「ブランドスコア」を重視するイメージ図

主な指標例としては「ブランド指名ワード流入数の推移」「AI検索からの流入数」「主要ページ滞在時間」「ページ閲覧数」「2回目・3回目購入率(F2・F3)」「UGC創出数」「SNSのエンゲージメント指数」などがあり、これらを「ブランド資産=ブランドスコア」と位置づけて蓄積し、ファン化の進捗をデータや指標で捉えつつ施策を実行することが重要となると予測します。
■5つ目のキーワード:EC事業経営は
「データドリブン経営」から「ダッシュボード経営」へ 
データドリブン経営はデジタルマーケティング・ECマーケティングの発展とともに約20年で企業活動に浸透してきました。多様なツールでデータを取得・加工して経営判断や業務改善に活用している状況です。
手動も含めてデータを収集・加工・分析、意思決定に活用する「データドリブン経営」イメージ

各種システム・分析ツールを統合・集計・加工・変換するイメージ

データ統合・可視化されたダッシュボードイメージ


「ダッシュボード経営」に必要となるデータ例


これからはAI技術も含め、重要な情報や指標を一目で把握できるよう視覚的に整理・表示することが標準化すると予測します。関係メンバーが同一画面を見ながら迅速かつ的確に意思決定や業務改善を行う「ダッシュボード経営」が求められます。EC運営においては、顧客別の購入履歴やサイトでの行動、在庫情報など、ブランドマーケティングに必要なデータを統合してダッシュボード化・ECマーケティングにも活用することが必須と予測します。
■6つ目のキーワード:バックヤードは
「効率化・コスト最適化のフルフィルメント」から「CX向上のフルフィルメント」へ 
フルフィルメント(Fulfillment)は受注管理、在庫管理、ピッキング、梱包、配送、返品・交換対応など商品を顧客に届ける一連の業務プロセスを指します。これらの基本機能はさらなる改善により、より早く・正確に届けることが可能になります。
受注から配送手配まで最適化するフルフィルメントイメージ図 
 ファン化につながるCX向上のフルフィルメント設計イメージ
ファン化につながるCX向上のフルフィルメント設計イメージ 
 これからはCX(Customer Experience)視点を持ち、顧客が企業やブランドとの接点で感じるすべての体験を設計することが求められます。単なる商品満足ではなく、購入前から購入後までの一連のプロセス全体を通じて「ファン化につながる感動体験」を生み出す施策や業務改善が主流となると予測しています。
これからはCX(Customer Experience)視点を持ち、顧客が企業やブランドとの接点で感じるすべての体験を設計することが求められます。単なる商品満足ではなく、購入前から購入後までの一連のプロセス全体を通じて「ファン化につながる感動体験」を生み出す施策や業務改善が主流となると予測しています。 
■7つ目のキーワード:ECデータは 
「オムニチャネル・OMO(統合)」から「AIを用いたデータの利活用」へ 
オムニチャネル(Omni-Channel)やOMO(Online Merges with Offline)は、オンラインとオフラインの垣根をなくし、どのチャネルでも一貫した体験を提供して顧客体験(CX)を高めていく取り組みです。ここ5年はシステムのリプレイスや新規導入によるデータ統合が主流でした。
オムニチャネル・OMO推進によるデータ統合イメージ図

統合された膨大なデータをAIにより利活用するイメージ図

これからはオムニチャネル・OMOで蓄積される膨大なデータを、顧客とブランドの接点を軸にブランドマーケティングやファンマーケティングに活用することが不可欠になります。公式オンラインショップ独自の商品企画や購入体験設計、顧客の継続利用促進などにデータ分析を有効利用し、その分析・施策立案・実行にはAI技術を活用して高速かつ高精度のサイクルを回せる体制でECマーケティングを進化させる動きが活発になると予測します。
ここまでは、下記4つのEC未来予測キーワードを提示しながら解説してきました。
| 4.マーケティングはブランドスコア重視へ – 指名検索、UGC、F2・F3率などを指標化して評価。5.経営はダッシュボード化へ – データ統合・可視化で迅速な意思決定。6.フルフィルメントはCX向上型へ – 感動体験を生む物流・サポート設計。 7.膨大なデータはAIによる分析で活用へ | 
以上、転換点を迎えたEC事業のここ5年の動向を踏まえ、2030年を視野に入れたECの未来予測として7つのキーワードを提示・解説しました。

まとめ
ECは成長期を経て成熟期へ移行し「社会インフラ」として進化していくことは確実です。今後はEC多店舗展開からブランド公式ECを中心とする運営へシフトし、売上拡大中心の施策から、購入顧客と長期の関係性を維持していくための「ブランドスコア」を重視したマーケティングへ転換が必要と考えています。 EC経営はデータの集約・統合を早期に終えて「ダッシュボード化」とAI活用で迅速な意思決定を実現し、ECビジネスを支えるフルフィルメントはCX向上を目的とした仕組みへ進化させていく必要があります。これらを踏まえた戦略再定義を行うタイミングになったことはご理解ください。
改めて、当社(株式会社 久)ではこれから5年の中で「売るためのEC」から「ブランディングの中心」へシフトを念頭に「ブランドEC成長」を実現へ向けて、本稿のキーワードを参考に、EC事業・ブランドマーケティングを再定義し、戦略と実行施策へ落とし込んでいただければと思います。
■筆者プロフィール 
株式会社 久(きゅう)
ブランドEC成長支援室 室長 兼 EC経営コンサルタント
立川 哲夫(たつかわ てつお)
-278x300.jpg)
ECマーケティング×企業経営に精通したスペシャリスト 
リテール業界に10年従事後、15年以上にわたるECビジネス推進およびECマーケティング支援経験を持つコンサルタント。多様な業界・企業規模における経営課題を整理し、ビジネスモデルの構築、戦略立案、実行支援に携わる。特に、EC・O2O・デジタルマーケティング領域での専門性が高く、EC事業を起点にして企業のビジネス拡大を実現。
大手EC総合支援企業において、10年以上にわたり経営幹部として新規事業開発や事業拡大に従事し、企業のブランディングやマーケティング統括を担当。執行役員として東証グロース市場への上場も経験。その後、外資系コンサルティングファームにてECビジネスの変革支援にも関わり、企業変革期における業務推進や社内体制整備、人材育成にも関与し、総合的な経営支援スキルを磨く。
5冊のECマーケティング関連書籍の執筆・編集に関わり、EC事業戦略・売上アップの法則を凝縮し、知見の普及にも貢献。 その他、日経主催の講演会・ECセミナー講師、日経クロストレンド・月刊ネット販売・日本ネット経済新聞などへの寄稿実績も多数。
