
リテール業界に10年従事し、その後15年にわたり多くの企業においてEコマース参入・成長に関する戦略立案と施策実行を支援してきた筆者(株式会社 久 ブランドEC成長支援室 室長 立川哲夫)が、約20年の高成長期を経てEC業界およびECサイトを運営する企業が、初めて経験する成熟期に入った言えるこのタイミングで、ここ5年を振り返りつつ、2030年を見据えたEコマースの未来予測とEC経営の変革ポイントを解説していきます。
伸びる3つの市場を捉えていく
物販系EC市場の成長率は、成長期から成熟期へと移行している状況です。今後5年を見据え、成長が見込める市場を定義し、その市場開拓に向けた商品開発を進める必要があります。EC未来予測キーワードとして、これから5年は「ファンマーケティング」を重視することを提示しました。ここ5年は新規顧客創出のためにデジタルマーケティングへの投資を拡大してきましたが、デジタル広告経由での新規獲得・顧客接点拡大には限界があり、獲得コストの高騰が課題になっています。今後はブランドへのエンゲージメントを重視しつつ、新規のファン育成とファンが新たなファンを生むことで関係性を継続する「ファンマーケティング」が主流になると予測しています。
「ファンマーケティング」と連動して国内市場において成長が見込める市場を3つ予測し、それぞれの対応ポイントを解説します。
2030年を見据えて成長が見込める3つの市場
| 1.65歳以上の市場 2.リアルイベント関連市場 3.推し活関連市場 |
以下、各市場の動向と対応ポイントを解説します。
1.65歳以上の市場
65歳以上の市場 国立社会保障・人口問題研究所の予測によると、2030年には日本の総人口の約30.8%(3,716万人)が65歳以上になります。また、60歳前後の団塊ジュニア世代も含めると、非常に大きなマーケットになります。必ずしも消費支出が増えるとは限りませんが、5年後のこの世代はSNSやデジタル操作に抵抗が少なく、PC・スマホでの情報収集や購入が日常化している層が多く含まれます。約3,000万人を超える市場を視野に入れ、新規参入も含めて準備を進めたいところです。

ブランド公式ECサイトで伸ばしていく上でのポイントとして
【商品開発】
実年齢よりも10〜20歳若々しい層を想定した設計。多くの方が「シニア」扱いを嫌うため、40代〜50代が関心を持つようなコンセプトやデザインで検討します。商品の機能は絞り込みつつ、EC上でも伝わりやすいよう商品の強みを「一言で説明できる」ことを重視します。価格帯は「松・竹・梅」の三段階(廉価版、標準、プレミアム)を基本にし、自社内で比較されやすいラインナップにします。この世代は多くのサイトを比較しない傾向を前提に設計します。
【売場作り】
スマホ表示を想定し、文字フォントは大きめで読みやすくします。商品のこだわり点を複数の角度で強調し、15秒程度の短尺動画で補足する。購入直前の不安を想定した訴求(詳細なサイズ表記、届け方の状態、返品・返金対応など)を行います。会社・店舗の歴史や素材、商品開発ストーリーを丁寧に伝え、信頼や購入理由につなげます。参考サイト例として:ジャパネットたかた、通販生活などがあります。
【接点作り】
65歳以上の層とはメールやSNSに加えて、リアルな接点も重要です。具体例として、
・はがきやDM、情報誌に近い定期レポートの活用
・工場・農場など実施設を使った見学イベント
・会員限定のリアル会場でのアウトレットセール
など、平日にも参加しやすい「リアル体験・感動」を生む施策などがあります。
2.リアルイベント関連市場
一般社団法人日本イベント産業振興協会が取りまとめた「2025年イベント産業規模推計」によると、024 年のイベント関連産業の産業規模は、9,797億円、前年比107.2%、 イベント周辺産業までを含めると2兆8,535億円、前年比108.3%となり、新型コロナウイルス感染症流行前(2019年)の約1.1倍に復調しています。
(出所:一般社団法人日本イベント産業振興協会調査資料)
特に 音楽コンサート、スポーツ興行、スポーツ施設提供業の伸び率は高く、野球・サッカーだけでなく各地でバスケットのBリーグなど含めた地域と連動したスポーツイベント市場はこれから伸びていくと考えられます。

この動きに連動して、グッズ関連のEC販売にも伸びしろがあります。イベントやスポーツに関連するグッズを扱う企業は、EC販売で拡大するための企画・商品設計・運営体制を整える必要があります。公式オンラインショップは、開催期間外でもファンとのつながりを維持・強化する役割を持ちます。会場で買いづらいオンライン限定の限定品企画、購入データ分析(新規購入商品、2回目以降の購入傾向など)を行い、ECでのファン育成につなげる取り組みが重要です。
3.推し活関連市場
日本の小売市場については、新型コロナ感染拡大の影響を受けて百貨店や大手スーパーの不採算店整理が進み、コンビニ・スーパー・ドラッグストアなどにおけるM&Aも活発化しています。今後は人口減少・少子高齢化の進行や人材確保、各種コスト増への対応が不可避となっている状況です。

(出所:推し活総研「第2回 推し活実態アンケート調査」)
公式グッズは会場での購入が多いものの、イベント前後に公式オンラインショップで購入するニーズも増え続けると予想されます。公式オンラインショップは正規品を安心して購入できる場として、ファンとの重要な接点となります。
今後、人口減少・少子高齢化の進行や節約志向なども含めて、物販系EC販売が従来のような高成長が難しい中で、国内市場で確実に伸びることが予想できる今回提示した伸びる3つの市場を何等かの形で捉えていくことが重要となります。
弊社がEC近未来予測7つのキーワードコラムでも記載しました、ブランド公式ECサイトを中心とする「ファンEC」が主流となっていきます。
ブランド公式ECサイトを中心とする「ファンEC」イメージ

公式オンラインサイトで購入後、購入者の元へ商品が届き、開封・利用・体感が始まる点を踏まえ、購買後の体験と関係性構築(ファンエンゲージメント)を高める視点を持ち、転換点をチャンスと捉えて戦略・戦術の再定義を行ってください。
■筆者プロフィール
株式会社 久(きゅう)
ブランドEC成長支援室 室長 兼 EC経営コンサルタント
立川 哲夫(たつかわ てつお)
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ECマーケティング×企業経営に精通したスペシャリスト
リテール業界に10年従事後、15年以上にわたるECビジネス推進およびECマーケティング支援経験を持つコンサルタント。多様な業界・企業規模における経営課題を整理し、ビジネスモデルの構築、戦略立案、実行支援に携わる。特に、EC・O2O・デジタルマーケティング領域での専門性が高く、EC事業を起点にして企業のビジネス拡大を実現。
大手EC総合支援企業において、10年以上にわたり経営幹部として新規事業開発や事業拡大に従事し、企業のブランディングやマーケティング統括を担当。執行役員として東証グロース市場への上場も経験。その後、外資系コンサルティングファームにてECビジネスの変革支援にも関わり、企業変革期における業務推進や社内体制整備、人材育成にも関与し、総合的な経営支援スキルを磨く。5冊のECマーケティング関連書籍の執筆・編集に関わり、EC事業戦略・売上アップの法則を凝縮し、知見の普及にも貢献。 その他、日経主催の講演会・ECセミナー講師、日経クロストレンド・月刊ネット販売・日本ネット経済新聞などへの寄稿実績も多数。