
リテール業界に10年従事し、その後15年にわたり多くの企業においてEコマース参入・成長に関する戦略立案と施策実行を支援してきた筆者(株式会社 久 ブランドEC成長支援室 室長 立川哲夫)が、約20年の高成長期を経てEC業界およびECサイトを運営する企業が、初めて経験する成熟期に入った言えるこのタイミングで、ここ5年を振り返りつつ、2030年を見据えたEコマースの未来予測とEC経営の変革ポイントを解説していきます。
売るためのデータから蓄積型のブランドスコアへシフト
ここ10年ほどのEC市場は概ね成長期を過ごしてきました。消費者ニーズに合った商品を持ち、販売チャネルを拡大すれば売上を伸ばせる確率が高い状況だったため、ECマーケティングで重視される分析データや指標は「売るため」「売上を伸ばすため」を軸に、計画・実行・検証・改善のマーケティング活動を行う形で売上を拡大してきました。
ECで売上を伸ばすための代表的な管理指標は
・購入客数
・購入単・新規流入数
・リピート流入数
・購入率(CVR)
・リピート購入比率
・流入経路別購入数・購入率
・会員数推移
・会員ランク別人数推移
・広告経由の獲得効率(CPO)
などがあります。
これらの数値改善に対する施策は、商品ページや特集企画の改善、メルマガによる一斉リピート施策などが中心でした。各種データはECカートシステム、Googleアナリティクス、楽天・Amazon等のモール提供データなどから取得して確認するのが基本でした。
これからの5年は成熟期を迎え、ECサイトがブランディングの中心へ移行すると予測しています。すべてのデータはブランド公式オンラインショップと連携・統合して蓄積し、活用していく流れになります。
【ECサイトが、ブランディングの中心となるイメージ】

これから重点管理していく指標は、蓄積型でブランドの価値を可視化する「ブランドスコア」が中心になります。当社ではこれを「ブランドスコアマーケティング」として位置づけ、ECサイトを中核にブランド理解を深め、ファンエンゲージメントを高める(ファン化する)ためのデータ収集・統合・分析と活用を推奨しています。
蓄積型の「ブランドスコア」がECマーケティングの中心に
ブランドスコアの主な指標例としては
・ブランド指名ワード流入数の推移
・マルチチャネルの売上高推移
・AI検索からの流入数推移
・主要チャネルからの流入数推移(HP、店舗、SNSなど)
・サイト全体のページ閲覧数推移
・主要商品ページ・コンテンツの滞在時間
・アクティブ会員数推移
・2回目購入移行率(F2)
・3回目購入移行率(F3)
・RFM分析(顧客・売上)
・UGC創出数推移
・SNSのエンゲージメント指数
などがあります。
【蓄積型のブランドスコアマーケティングイメージ】

ECで売るための管理指標はベースにしながらも、これからはブランド公式ECサイトでは、ブランド指名検索を増やすことが新規とリピートを増やす上で重要な指標になります。「〇〇と言えば△△」のような第一想起ワード(ブランド想起)を設定して育てる活動と連動します。これはAI経由の検索やSNS経由の検索、場合によっては楽天市場・Amazonなど主要モールにおける検索数確保にも関係します。
また、公式ECサイトは購入を起点にファンとコミュニケーションを行う場でもあるため、サイトやアプリ全体の滞在時間やページビュー数も重要な確認指標です。併せて、リピート購入を継続的に増やすために、F2・F3(2回目・3回目購入)をデータ分析と連動した「戦略的取り組み」に切り替えることが必要です。
ここで言う「戦略的取り組み」とは、従来の「①初回購入品→②2回目購入へ引き上げる」という考え方に加え、最終的に「③3回目には特定の商品を購入してほしい」まで逆算して設計することを指します。具体的には、3回目につながる2回目購入品を設定し、さらにその2回目につながる初回購入品を設計します。このように2回目・3回目購入品を戦略的に配置することで、ブランドロイヤルティを高め、「ファン化への導線」を構築できます。そのプロセスをダッシュボードで可視化することが、ブランドスコアマーケティングの成熟につながります。
また、多様なデータをそれぞれれ取得したり加工したりすることは労力的にも継続が難しい点と集計業務が属人的になりますので、各種データを自動で取得・連携させて「ダッシュボード化」することで、関係メンバーの認識も合わせやすくなり、中長期視点で「ブランドを育成=ファンを増やす」視点でより効果の高い施策立案・実行が実現していきます。
【各種システム・分析ツールを統合・集計・加工・変換するイメージ】

5年後の2030年を視野に入れてEC事業の再定義が必要なタイミングです。ここ10年のECは成長期を経て成熟期へ移行し、今後は「売るため」の短期指標から、ブランド価値を蓄積する「ブランドスコア」中心のデータ分析と運用が重要になります。
ブランド公式ECサイトを中心にしながら、ブランド指名検索・滞在時間・F2/F3推移などの指標を統合し、顧客の購買行動を逆算した商品設計でロイヤル顧客育成(ファン化)を促進します。各種データを自動連携してダッシュボード化することで、関係者の共通認識を強化し、ファン育成に基づく中長期的な成長戦略を立案・実行していってください。
■筆者プロフィール
株式会社 久(きゅう)
ブランドEC成長支援室 室長 兼 EC経営コンサルタント
立川 哲夫(たつかわ てつお)
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ECマーケティング×企業経営に精通したスペシャリスト
リテール業界に10年従事後、15年以上にわたるECビジネス推進およびECマーケティング支援経験を持つコンサルタント。多様な業界・企業規模における経営課題を整理し、ビジネスモデルの構築、戦略立案、実行支援に携わる。特に、EC・O2O・デジタルマーケティング領域での専門性が高く、EC事業を起点にして企業のビジネス拡大を実現。
大手EC総合支援企業において、10年以上にわたり経営幹部として新規事業開発や事業拡大に従事し、企業のブランディングやマーケティング統括を担当。執行役員として東証グロース市場への上場も経験。その後、外資系コンサルティングファームにてECビジネスの変革支援にも関わり、企業変革期における業務推進や社内体制整備、人材育成にも関与し、総合的な経営支援スキルを磨く。5冊のECマーケティング関連書籍の執筆・編集に関わり、EC事業戦略・売上アップの法則を凝縮し、知見の普及にも貢献。 その他、日経主催の講演会・ECセミナー講師、日経クロストレンド・月刊ネット販売・日本ネット経済新聞などへの寄稿実績も多数。