ここ数年のEC市場の急速な環境変化により、目先の売上を追うだけのECマーケティングは限界を迎えています。本コラムでは、ケラー教授が提唱した「CBBEモデル(顧客ベースのブランド・エクイティ)」をECの戦略・実践に落とし込み、顧客の心理に蓄積された資産を可視化する新指標「ブランドスコア」の概念と活用ポイント解説していきます。
ブランド価値をECデータで測る「CBBEモデル」の活用
ブランド公式EC(=自社公式ECサイト)を中心に、ブランドの資産価値を測る新指標「ブランドスコア」。このスコアを構築・評価する上で、当社がベースとしているのが、ケビン・レーン・ケラー教授が提唱した「CBBEモデル(Customer-Based Brand Equity:顧客ベースのブランド・エクイティ)」です。
CBBEモデルは、ブランド価値を企業側ではなく「顧客の視点」から捉えるのが特徴です。このモデルでは、ブランドが顧客の頭の中に構築されていく過程を、4つの階層(下から順に「認知」「意味」「反応」「共鳴」)からなる「ブランド・レゾナンス・ピラミッド」として体系化しています。
このモデルにおいて重要な活用ポイントがあります。それは、「下のレベル(段階)を飛ばして上のレベルには行けない」という点です。家を建てる時に強い土台が必要なように、ブランド構築にも「正しい順序」が存在します。
例えば、「商品は良いはずなのにリピートされない」と悩むEC事業者の多くは、ピラミッドの土台である「認知」や、その上の「機能的な意味づけ」が未成熟なまま、いきなり頂点の「コミュニティ形成」や「ファン化」を目指して空回りしているケースが見受けらます。認知がないのにロイヤルティは生まれず、機能的な信頼がないのに感情的な愛着は生まれません。
当社は、この定性的なフレームワークを、これからのEC市場にも当てはまるように解釈しなおしました。ECサイト上では、顧客がどこから流入し、どのページをどれだけ読み込み、どのような購買行動をとったかという「行動データ」がリアルタイムで蓄積されます。この動的なデータをCBBEモデルの各階層に当てはめることで、これまではアンケートなどに頼らざるを得なかったブランド評価を、動的かつ定量的な「ブランドスコア」としてリアルタイムに数値化することが可能になります。
このピラミッドを構成する具体的な評価軸について、一つずつ詳しく解説していきます。
【ブランド・レゾナンス・ピラミッド(CBBEモデル)】

ブランドの「想起」と「体験」を測る(評価軸:Identity & Meaning)
今回は、CBBEモデル(ブランド・レゾナンス・ピラミッド)をECデータに落とし込んだ具体的な評価軸について解説します。
まずはピラミッドの下層を形成する「Identity(認知・指名性)」と「Meaning(体験・品質)」です。
【レベル1:Identity-アイデンティティ(認知・指名性)】
ピラミッドの最下層である「認知」は、顧客にブランドを認識してもらう段階です。しかし、単に名前を聞いたことがあるだけでは不十分です。「喉が渇いた」などのニーズが発生した購買意思決定の瞬間に、第一想起されるような「突出性(Salience)」を獲得しているかが問われます。
ECにおけるブランドスコアでは、これを市場におけるブランドの「露出量」と、検索行動における「指名性」の強さで評価します。
他社商品と比較検討される一般名詞の検索ではなく、「指名検索」やブックマーク等からの「ダイレクト流入」がどれだけあるか。これが、ブランドの「想起」が形成されているかのバロメーターになります。
【レベル2:Meaning-ミーイング(体験・品質)】
認知の土台ができたら、次はそのブランドが「何であるか」という意味づけを行います。
ここには、「壊れにくい」「発送が早い」といった実利的な「性能・機能」と、「おしゃれだ」「環境に配慮している」といった象徴的な「イメージ」の2つの側面があります。
ECのスコア評価においては、サイト内での「体験品質」や「商品力」が顧客の期待に応えられているかを見ます。
具体的には、商品コンテンツへの没入度(滞在時間や読了率)、UXの快適性、そして在庫欠品による機会損失を防ぎ、興味を持った顧客を購入(CVR)へ確実に転換できているかというデータが、ブランドの「意味」が正しく伝わっているかの評価となります。
この2つの土台がしっかり形成されて初めて、顧客は競合他社ではなく「このサイト・このブランドを買いたい」という明確な理由を持つことになります。
顧客との「つながり」と「信頼」を深める(評価軸:Response & Resonance)
ピラミッドの土台である「認知」と「意味」が構築された後、顧客の中ではどのような変化が起きるのでしょうか。今回は、ピラミッドの上層部にあたる「Response(顧客評価・信頼)」と、頂点である「Resonance(顧客共鳴・ロイヤルティ)」について解説します。
【レベル3:Response-レスポンス(顧客評価・信頼)】
ブランドの意味が伝わると、顧客は理性的な「判断」と情緒的な「感情」の双方でブランドを評価します。品質への信頼性や専門性が認められると同時に、「ワクワクする」「ほっとする」といったポジティブな感情が引き出される段階です。
ECのデータ上では、企業としての「信頼性」や「安全性」に対する顧客のレスポンスとして現れます。例えば、初めての購入前に「会社概要」や「特定商取引法に基づく表記」を確認する行動、カスタマーレビューを何ページにもわたって閲覧する行動などが挙げられます。会員登録の手間や送料負担といったハードルを越えてでも買いたいと思わせる「信頼」がスコアとして測定されます。
【レベル4:Resonance-レゾナンス(顧客共鳴・ロイヤルティ)】
ピラミッドの頂点であるレゾナンスとは、顧客とブランドが心理的に一体化し、深く共鳴し合っている状態を指します。
ここには、ブランドへの忠誠心、愛着、コミュニティ意識、そして自発的な推奨といった「積極的関与」が含まれます。
ECのブランドスコアでは、単なる再購入(リピート率)では終わりません。大切な人への「ギフト利用」や、ブランドの世界観を楽しむための「能動的なサイト訪問」、オリジナルグッズの購入といった、明確な「ファン化」を示す行動を評価します。LTV(顧客生涯価値)が最大化し、ブランドの強さが証明されるのは、この領域においてです。
これら上位レベルのスコアを高めるには、常に下位レベルの「体験品質」維持されていることが大前提となります。
【CBBEモデルのステップと要素・評価指標例】

事業の成長を実現する「事業健全性」とこれからのEC経営(Business Health)
ここまでのCBBEモデルに基づく4つの顧客視点の評価軸に加えて、実際のビジネスとして持続させるための基盤「事業健全性・持続性」の評価についても解説します。
どれほど顧客から評価され、高い共鳴(Resonance)を得ているブランドであっても、その活動を支えるビジネスモデルが脆弱であれば、ブランドを長期的に維持することはできません。「事業健全性・持続性」の評価軸では、ブランド活動を支える「収益構造」と「投資効率」の健全性を評価します。
具体的には、一人の顧客がもたらす生涯利益(LTV)が、その顧客を獲得するためのコスト(CPA)を十分に上回っているかという「ユニットエコノミクス」の適正化です。また、コラムで触れたように、特定のチャネル(ECモールや特定の流入経路)に売上を過度に依存せず、自社公式ECを中心とした自律的な成長投資が可能な財務状態にあるかどうかが、ブランドの寿命を左右します。
以上が、CBBEモデルの解説と活用ポイントになります。EC市場に関わる企業や人が初めて経験する「成熟期」において、成長期では重要とされた「売上」という結果の数字を追いかける経営だけは通用しにくくなっています。
ブランド公式ECを単なる販路ではなく「ブランド資産蓄積の場」と再定義し、顧客の頭の中に「認知(Identity)」「意味(Meaning)」「反応(Response)」「共鳴(Resonance)」というピラミッドを正しい順序で築き上げること。
そして、それらの顧客行動データを「ブランドスコア」という評価指標として可視化・管理すること。これが、成熟期に顕在化しEC経営にダメージを与える、価格を中心とした競争から抜け出し、データに基づいた「価値競争」へとシフトするための評価指標となります。
当社が提供するブランドスコアモデルを用いたサービスは、活用企業のEC事業が現在ピラミッドのどの階層でつまずいているか(ボトルネック)を発見し、確実な資産形成をサポートしています。ブランドとEC事業が中長期的かつ持続的な成長していくための、新たな視点と実践に加えてください。
■筆者プロフィール
株式会社 久(きゅう)
ブランドEC成長支援室 室長 兼 EC経営コンサルタント
立川 哲夫(たつかわ てつお)
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ECマーケティング×企業経営に精通したスペシャリスト
リテール業界に10年従事後、15年以上にわたるECビジネス推進およびECマーケティング支援経験を持つコンサルタント。多様な業界・企業規模における経営課題を整理し、ビジネスモデルの構築、戦略立案、実行支援に携わる。特に、EC・O2O・デジタルマーケティング領域での専門性が高く、EC事業を起点にして企業のビジネス拡大を実現。
大手EC総合支援企業において、10年以上にわたり経営幹部として新規事業開発や事業拡大に従事し、企業のブランディングやマーケティング統括を担当。執行役員として東証グロース市場への上場も経験。その後、外資系コンサルティングファームにてECビジネスの変革支援にも関わり、企業変革期における業務推進や社内体制整備、人材育成にも関与し、総合的な経営支援スキルを磨く。5冊のECマーケティング関連書籍の執筆・編集に関わり、EC事業戦略・売上アップの法則を凝縮し、知見の普及にも貢献。 その他、日経主催の講演会・ECセミナー講師、日経クロストレンド・月刊ネット販売・日本ネット経済新聞などへの寄稿実績も多数。