【第5回】ECデータ蓄積は「つなぎ合わせ」で対応を急ぐ

ブランドEC ブランドスコア

ここまでの4回のコラムで、EC事業の転換期において、公式ECサイトの役割を「売るための場」から「ブランド資産を蓄積する場」へと再定義することの重要性をお伝えしてきました。今回は、ブランドECの評価指標である「ブランドスコア」を適切に測定・評価し続けるためにも必要となるデータ基盤構築に向けた「データ・システム連携」の在り方について提言と解説を行います。


現在のAI実装時代は「移行期」と捉え、既存システムをつなぎ合わせる「最適解」で対応を

 2025年から2026年にかけては、歴史に刻まれるほどの「AI民主化・AI実装元年」と言える時期になっています。わずか3年前には想定できなかったほど、急激な変化が起きています。EC運営の中心を担うカートシステムにおいても、「AIエージェント」を組み込んで業務効率やマーケティング施策をいかに向上させるかが問われています。
また、AIが消費者の購買をサポートする「エージェンティックコマース」に対応すべく、次世代型システムへのアップデートも始まっています。これと連動するようにカートシステムと連携する各種周辺ツールでもAIの実装が加速しています。

【2026年~AI実装時代の移行期と捉えた、システム連携イメージ図】

このような過去に例を見ないAI実装への過渡期において、3〜5年後のあるべき姿を完全に見通し、投資とリスクを伴うEC運営システムのリプレイスに踏み切ることは難易度が高いプロジェクトとなります。
その一方で、公式ECサイトを起点とした「ブランドスコア」の評価に直結する自社独自のデータの蓄積・利活用は、今すぐ推進しなければならない重要な課題と言えます。 現在、公式ECサイトシステムを導入・リプレイスしてから10年前後を経過している企業も増えています。このタイミングで顕在化しているのが、「既存のECカートシステムに搭載された機能だけでは、やりたい施策や業務効率化が実現できない」という課題が増えてきているという点もあります。

データカラムが統一されないまま成長した弊害が顕在化

 システムリプレイスを検討する際、売上拡大や業務効率化に直結するシステム連携が一筋縄ではいかないのには理由があります。それは、EC業界全体が「統一されたデータカラム(データの項目や構造)を持たないまま約20年にわたり成長してきてしまった」という歴史的な構造問題に起因しています。
各システムのベンダーが独自の思想で個別にデータ設計を行ってきたため、連携元と連携先でデータの形式や項目名が全く異なります。 これを解決するために「APIを活用してシステム間を自動連携させればよい」と考えがちですが、ここにも課題が存在します。
外部の制作会社にAPI連携などのデータ連携の仕組みを委託しようとしても、多くの会社はデザインなどフロントエンドの専門であり、バックエンドの複雑なデータ処理を伴う開発には対応できないことが少なくありません。 逆に、バックエンド開発を専門とするシステム系の会社に依頼しても、「EC特有の複雑な業務フローやイレギュラーな処理」を深く理解していなければ、実務に耐えうる連携システムを構築することは困難です。その結果、適切な委託先を見つけることすら難しいという状況に陥ってしまいます。
また、カートシステムの提供会社に連携対応を依頼した場合、想定外に高額な費用や時間がかかるケースもあり、費用対効果が見合わずに手作業でのデータ処理を残さざるを得ない状況も生まれています。

「あるべき姿」「完全統合」のリスクも顕在化

 こうしたデータ連携の煩雑さを解消するため、経営層は時代の流れに沿って「社内のあらゆるシステムとデータを、一つの統合型のシステムに完全統合すべきだ」という構想を打ち出すケースがあります。しかし、AI実装時代に入り激変する現代のビジネス環境において、この「完全統合」を目指すこと自体が、リスクを生み出す点に注意が必要です。
一つ目のリスクは、サイバー攻撃に対する脆弱性です。近年、ランサムウェアなど企業ネットワーク全体を標的としたサイバー攻撃が増えています。すべてのデータや機能を統合型のシステムに集約してしまうと、万が一どこか一つの入り口でセキュリティの脆弱性を突破された場合、顧客情報、受注情報、在庫情報などすべてのデータへと被害が連鎖してしまいます。事業存続を揺るがす障害を生み出す危険性があります。
もう一つのリスクは、AIの台頭や変化スピードに対する「莫大なコストと時間の浪費」です。現在、「AIの民主化」が一気に進み、各社から次世代の分析ツールやマーケティングツールが日進月歩で誕生しています。これに伴い、必要とされるデータの種類や連携手法も目まぐるしく変化しています。 このような激動の時代に、数年がかりで数千万円や億単位のコストを投資して「次世代型のデータ統合システム」を再構築したとしても、完成した頃にはすでにAIのトレンドや市場環境が変わり、システムが時代遅れになってしまう恐れがあります。

現在は「移行期」と定義して「柔軟に繋ぎ合わせる」という最適解で対応

そこで現在の最適解として提言したいのが、すべてを一つにまとめるのではなく、既存のシステムをベースにしながら、必要な最新ツールやシステム間だけを柔軟かつ安全に繋ぎ合わせて、ブランドEC運営やマーケティングに必要なデータを集めて活用していくというアプローチです。
具体的な対応例として、異なるサービス・システム間の「データ変換・連携システム」を活用することが挙げられます。これにより、現在利用しているECカートシステムをリプレイスすることなく使い続けながら、システムの拡張性とカスタマイズ性を高めることができます。
例えば、会社の基幹システムや会計システムへデータを連携する際に行っていた「手作業でのCSVファイル加工」といった非効率な業務も、連携特化型のシステムが間に入ることで各システムの仕様に合わせたデータ形式へ自動変換されます。その結果、現場の膨大な作業工数を大幅に削減することが可能です。システムリプレイス時には、このデータ連携システムをそのまま活用するというアプローチも可能と言えます。

公式ECサイトの役割を「売るための場」から「データを蓄積し、ブランド資産を高めていく場」へとシフトさせる必要性は高まっていきます。それと並行して、柔軟なデータ統合・蓄積の仕組みづくりを進めることで、継続的なデータをベースにした評価と具体的な施策実行に役立つ「ブランドスコア」の可視化が可能になります。

変化の激しいAI実装時代の「移行期」に突入した今、無理な大規模リプレイスやシステム統合を目指すのではなく、柔軟につなぎ合わせる「最適解でしのぐ」という対応もあるという選択も視野に入れておいていただきたいです。

 

■筆者プロフィール
株式会社 久(きゅう)
ブランドEC成長支援室 室長 兼 EC経営コンサルタント
立川 哲夫(たつかわ てつお)

ECマーケティング×企業経営に精通したスペシャリスト
リテール業界に10年従事後、15年以上にわたるECビジネス推進およびECマーケティング支援経験を持つコンサルタント。多様な業界・企業規模における経営課題を整理し、ビジネスモデルの構築、戦略立案、実行支援に携わる。特に、EC・O2O・デジタルマーケティング領域での専門性が高く、EC事業を起点にして企業のビジネス拡大を実現。

大手EC総合支援企業において、10年以上にわたり経営幹部として新規事業開発や事業拡大に従事し、企業のブランディングやマーケティング統括を担当。執行役員として東証グロース市場への上場も経験。その後、外資系コンサルティングファームにてECビジネスの変革支援にも関わり、企業変革期における業務推進や社内体制整備、人材育成にも関与し、総合的な経営支援スキルを磨く。5冊のECマーケティング関連書籍の執筆・編集に関わり、EC事業戦略・売上アップの法則を凝縮し、知見の普及にも貢献。 その他、日経主催の講演会・ECセミナー講師、日経クロストレンド・月刊ネット販売・日本ネット経済新聞などへの寄稿実績も多数。