受発注のデジタル化は、最初は業務効率化への投資として始まります。しかし本当の価値は、その先にあります。誰が、いつ、何を、どれだけ発注したのか——電話やFAXの時代には担当者の記憶にしかなかった情報が、記録として残ることです。
この記録は、既存取引先から売上を伸ばすための材料になります。このコラムでは、材料を使った3つの攻め手を整理します。
新規開拓より先に、既存取引先の“伸びしろ”がある
売上を伸ばそうとすると、新規開拓に目が向きがちです。しかしBtoBでは、既存取引先の中に取り残された伸びしろがあります。
理由は、BtoB受発注では、供給リスクの分散や価格交渉の観点から複数の仕入先を使うことがある点です。ある取引先が自社から年間1,000万円を仕入れていても、その会社の総仕入額が3,000万円なら、自社のシェアは3分の1です。残る3分の2は競合が取っています。新規の一社を口説くより、この既存の枠を広げるほうが、成果が出やすい場合があります。
問題は、その伸びしろが月次の売上報告では見えないことです。合計の数字は、個々の取引先の変化を打ち消してしまいます。ある取引先の発注が半分に減り、別の取引先が伸びて、結果として合計は前年並み——こうした状態は珍しくありません。

攻め手① 落ちた発注シェアを、取り戻す
受発注がデジタル化されていれば、取引先ごとの発注の間隔と量が記録に残ります。毎週発注していた取引先が3週間動いていない、月2回だった発注が1回に減っているなど。これはシェアを奪われているサインかもしれません。
BtoBの取引は、いきなりゼロにはなりません。競合が一部の品目に食い込み、少しずつ発注が移っていく。だからこそ、途中で気づけば取り戻せます。「最近この品目のご発注が減っていますが、何か使い勝手の問題がありましたか」と聞けるかどうか。放置していると、その品目は完全に競合のものになります。
これは守りの活動に見えて、実は最も確度の高い売上回復策です。すでに取引がある相手なので、話を聞いてもらえる。新規開拓の何倍も成功率が高い攻め手になります。
攻め手② 買われていない商品を、提案に変える
2つめは商品側から見る視点です。ある取引先は主力商品Aを継続して発注しているのに、関連する商品Bを一度も発注していない。しかし同業の他の取引先は、AとBを併せて発注している——この差は、取引先と商品を掛け合わせて並べたときに初めて見えます。
ここに提案の機会があります。「同業の会社さんでは、この組み合わせで使われることが多いです」という話は、押し売りではなく情報提供です。営業の勘に頼っていた提案が、データを根拠にできるようになります。
この視点が効くのは、BtoBの発注が“いつものもの”に固定されやすいためです。取引先の担当者も、自社が扱っている商品の全体像を把握しているわけではありません。買われていない商品は、需要がないのではなく、知られていないだけかもしれない。その仮説を、データが教えてくれます。
攻め手③ 売れる商品に、在庫を寄せる
3つめは、受注データと在庫を結びつける視点です。よく発注される商品が欠品していれば、取引先はその場で他社から仕入れます。BtoBでは「無いなら待つ」とはなりません。
見落とされがちなのは、この売り逃しが記録に残らないことです。注文が来なかった事実しか残らないため、失った売上は集計にも現れません。受注の動きと在庫の状況を並べて見られる状態にしておけば、「発注が伸びている商品ほど在庫を厚くする」という判断が、感覚ではなく数字でできます。
これは在庫を増やす話ではなく、寄せる話です。動いていない在庫を絞り、伸びている商品に資金を回す。攻めの在庫配分ができれば、同じ在庫金額でも取れる売上は変わります。なお在庫の適正水準を統計的に求める方法は、別コラム【データサイエンティストの分析録➂】で詳しく解説しています。
守りで集めたデータを、攻めに転じる
3つの攻め手は、いずれも高度な分析を必要としません。必要なのは、定例会議にて次の問いを持つことです。
| 攻め手 | 見るもの | 働き方 |
|---|---|---|
| ① シェアを取り戻す | 取引先別の発注推移・間隔 | 減った取引先に営業が連絡し、理由を確かめる |
| ② クロスセルを起こす | 取引先×商品の購買パターン | 同業の使い方を情報として提案する |
| ③ 在庫を寄せる | 伸びている商品と在庫の状況 | 動かない在庫を絞り、売れる商品に資金を回す |
この3つを定例会議に組み込めば、受注データは報告資料から営業の武器に変わります。立派な分析基盤は必要ありません。まずは取引先別の発注推移を並べるところから始められます。
受発注DXは、業務を軽くするための投資として始まります。しかしそこで集まる記録は、既存取引先から売上を伸ばすための材料でもあります。守りとして始めた投資を、攻めに転じられるかどうか。その分かれ目は、データを見て営業が動く仕組みがあるかどうかにあります。
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〈筆者プロフィール〉
ECコンサルタント K.H
大阪大学を卒業後、新卒でゲーム会社にプランナーとして入社。2023年に株式会社久へジョインし、データアナリストとしてキャリアをスタート。現在はECコンサルタントとして、データドリブンなアプローチを武器に、クライアントの自社公式ECサイトを中心に分析から改善・効果検証まで一貫して支援。2026年より「ブランドEC成長支援室」を兼務し、伴走型コンサルタントとして日々の試行錯誤を重ねながら奮闘中。
プライベートでは茶道表千家講師の顔を持つ一方、アマチュアキックボクシングで心身を鍛える一面も。