小売業全体の試算では、欠品による機会損失は年間売上の約4%に相当するとされています(※1)。実店舗と異なり、ECサイトでは「在庫切れ=ワンクリックで競合他社へ離脱される」ため、商材やブランドの代替不可能性によっては、この機会損失が10%以上に達するケースも珍しくありません。月商1,000万円のストアであれば、ただ在庫を切らしただけで、年間1,200万円もの売上を逃している計算になります。
しかし、欠品を恐れるあまり余分に発注をかければ、売れ残った商品は「過剰在庫」として倉庫スペースを圧迫し、保管コストを垂れ流して手元資金を固定化させます。
このように「適正在庫の維持」が難しい理由は、極めてシンプルです。多くのEC事業において、いまだに在庫管理がデータに基づかない「担当者の経験と勘」や「属人化したエクセル作業」に依存しているからです。
本記事では、よくある「教科書的な適正在庫の解説」はすべて削ぎ落とします。代わりに、弊社が「ECコネクター® DashBoard」で実際に実装した現場で使える数理的アプローチをデータサイエンティストの視点から解説します。
従来手法の限界:単なる「現在庫数」のカウントと、エクセル発注の危うさ
多くのECサイトで行われている在庫管理の実態は、単に「入出庫を数え、今ある数を合わせる」だけの帳簿作業にとどまっています。しかし、これらは「在庫管理」ではなく、ただの「在庫記録」です。
適正な発注計画を立てようとエクセルを回し始めても、すぐに以下の壁に直面します。
1. 「平均販売量」だけで発注点を決める危うさ
例えば、ある定番商品の過去2週間の1日平均販売量が「10個」だったとします。 これに基づいて「10個 × リードタイム」で発注点を計算するのは、非常にリスクが高い行為です。 なぜなら、その商品は「毎日10個ずつ安定して売れている(標準偏差がほぼゼロ)」のか、あるいは「普段は全く売れないが、インフルエンサーの投稿などで特定の日に突然140個売れた(標準偏差が非常に大きい)」のかという、需要のバラつきが考慮されていないからです。 後者のようなバラつきが大きい商品に平均値ベースの発注点を適用すると、急な需要の波が来た瞬間に即座に欠品し、信頼を失う結果となります。
2. 各部門のKPIがもたらす「部分最適」の罠
社内の組織論としても在庫はダブつきやすい構造を持っています。 営業部門(MD)は売上機会の損失を恐れて在庫に余裕を持たせます。また、製造・調達部門は仕入れ原価を抑えるために、大口(MOQ:最小発注数量)でまとめて発注し、生産効率を上げようとします。 このように、各部門が自部署のKPI(売上最大化、原価低減)を「部分最適」で追求した結果、会社全体の利益を無視した過剰在庫が倉庫に積み上がっていくのです。
「適正在庫」の数理アプローチ
弊社が提供する「ECコネクター® DashBoard」には「在庫分析」のレポートが標準搭載されています。統計学と変数(リードタイムなど)を掛け合わせ、以下のステップで安全在庫と発注点を自動計算するシステムを実装しています。

ステップ1:「安全係数」と「標準偏差」による安全在庫の自動算出
安全在庫とは、予期せぬ需要変動やリードタイム(発注から納品までの日数)の遅れを吸収するために確保しておく「最低限のバッファ」です。 ダッシュボード内では以下の数理方程式を自動実行して算出します。

1つずつ分解して見ていきます。
- 発注リードタイム: 商品の発注から納品までの日数
- 発注間隔: 不定期で発注している場合は0日とおきます。定期的に発注している場合のみ、その間隔の日数が入ります。週に1回発注している場合は7日となります。
- 標準偏差: 期間内での受注数量のブレ(バラつき)を表します。毎日同じ受注数量でブレが全くない場合は理論上0となります。
- 安全係数: 受注数量ベースのランキングに応じて割り当てます。安全係数によって「欠品許容率(何%の確率で欠品を許容するか)」が決まります。欠品許容率がN%の場合、100回の在庫補充のうちN回は補充が間に合わないことを許容するということです。
受注数量は一定ではないため、欠品許容率を低く設定するほど、過剰在庫のリスクが高くなります。受注数量と欠品許容率の関係を表にまとめると以下の通りです。
| ランク | 受注数量が上位N% | 安全係数 | 欠品許容率 |
|---|---|---|---|
| S | ~5% | 1.88 | 3% |
| A | ~10% | 1.65 | 5% |
| B | ~20% | 1.48 | 7% |
| C~D | ~100% | 1.34 | 9% |
このロジックにより、「よく動くが、売れ方の波が激しい主力商品」には厚めの安全在庫を自動で設定し、「売れ方が安定している定番商品」には無駄な在庫を持たせない、極めてスマートな在庫配分が可能になります。
ステップ2:発注点と発注数のシステム連動
安全在庫が計算されたら、「発注点」と「発注数」が算出されます。定義は以下の通りで、現在庫数が発注点を下回った時に、発注数が1以上になります。
- 発注点 = 安全在庫数 + 期間内の受注数量
- 発注数 = 発注点 – 現在庫数
「ECコネクター® DashBoard」では毎日23時59分に取得した在庫データをその日の在庫数として、集計を行います。翌朝「在庫分析」のレポートの発注数に入っている数字が欠品許容率を維持するための発注数量になります。

まとめ
在庫の最適化とは、単に倉庫からモノを減らすための「削る」作業ではありません。売れない負債在庫を徹底的に削減し、その分の資金とスペースを、売上を牽引するアクティブな在庫へ再投資するための経営戦略です。
「どこから手をつけていいか分からない」というEC事業責任者やマーチャンダイザーの方は、高額な予測システムを導入する前に、まずは直近1-2週間の商品受注データを取り出し、自社の主力商品の「標準偏差(販売量のバラつき)」をエクセル等で計算してみることから始めてみてください。
ECコネクター® DashBoardを活用した商品・在庫分析の仕組み化や、複数ECチャネル・倉庫をまたぐリアルタイムな在庫最適化について、ご興味がございましたらお気軽にお問い合わせください。
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〈筆者プロフィール〉
データサイエンティスト J
ECコネクター® DashBoard 開発・データ分析担当。
大学・大学院にてコンピューターサイエンスおよびデータ解析を専攻し、修士課程を修了。
現在は「ECコネクター® DashBoard」の開発エンジニア/データサイエンティストとして、サービス全体のアルゴリズム設計からダッシュボード開発までを担当。 Amazon AthenaやBigQueryを用いた大規模データのクエリ処理、Pythonによるデータパイプライン構築、各種API連携の自動化を得意とし、データの集計・加工からビジネスに直結する可視化までを一貫して手がけている。
〈出典〉
※1 Harvard Business Review “Stock-Outs Cause Walkouts”(2004年5月)
(https://hbr.org/2004/05/stock-outs-cause-walkouts)